いらいらしたり、反省したり

3月に夫が鬱を、そして先月大腸癌を患ってしまい、
ここ半年ほど、ずっと支える生活が続いている。
特に先月入院した時は、私自身も有休を取りずっとつくばに滞在していたし、
その後退院してからは、毎週つくばと神戸を行き来している。

手術を終えて1ヶ月。
自分の体が思うように動かない、今までできていたことができないというもどかしさ。
先行きに対する不安、病状に対する不安、いろいろあるのが、会話の端々に出てきていて、
本当に、鬱にしても、癌にしても、病気の本人が一番辛いと思う。

頭ではわかっている。けれど、私自身も今、毎週片道700kmの往復による体力的疲れと、
その前からあった、鬱のサポートの精神的ストレスが溜まってしまい、
ときどき(しょっちゅう?)、ひどくいらいらして、不機嫌になってしまうことがある。
そして、どうしても我慢できないときは、夫の前でその不機嫌さを表に出してしまうことがある。

大体、そういうときは、しばらく泣くだけ泣いて、どうにか復活するのだけれど、
復活すると、今度は、ああ、また夫を苦しめてしまった、と自己嫌悪。
そういう雰囲気は、鬱にも、癌にも良くないというのに。

反省して、できるだけ気楽に過ごそうと思うのに、
またあれこれ考えて、悩んで、疲れて、不機嫌になっての繰り返し。

ときどき、いろんなことを、あははと笑い飛ばせるような、もっと泰然自若とした性格だったら、
夫の闘病生活も、もっと楽なんだろうな、と思うと、なんだか申し訳ない気分でいっぱいになる。
また、その一方で、こんなにひたすら支える一方の自分の生活って何だろう、と思ったりする時もあり、
そんなときは、体力的・精神的疲れも重なり、うんとまた不機嫌になったりする。

患者を支える家族って、なかなか難しいものだね。
前向きな闘病生活を支えるには、まだまだ未熟だなあと思う。
こうして、反省して、また明日から、頑張って支えようと思っても、また墜落してしまうことがあるのだろう。
そうなったら、また反省して、また頑張ろう。
本当は、最初からどんと構えられればいいのだろうけれど、
ここ何ヶ月か、病気になった夫と一緒に生活してみて、私は少しずつ、
頑張れるレベルを上げていく訓練が必要だなと思った。
夫がそんな私のことをどれだけ許してくれるかどうかわからないけれど、
そうやって、自分自身の耐性を、少しずつ上げていこう。

さあ、明日から、また頑張るか。

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