治験とそのリスクについて(雑感)

※同じ日付ですが、中身がちょっとかわるので切替えました。

今日の説明で、治験の話が出たときの、私の感想。

「ふーん。面白そう(笑)。」

自分が研究者なせいか、こういう新しいことへの実験台になるようなことが結構好きです。
もちろんリスクも充分承知していますが、新しい知見を広めることに、自分が貢献できるんだという嬉しさを(たぶん普通の人以上に)感じるタイプなんです。

実際、始めに自分が癌だとわかったときも、いわゆるショックよりも、どちらかというと、得がたい体験ができるな、というワクワク感?があったことが否定できません。
うーん、やっぱり「かわった」ひとなんだろうな、私って。ネットなんかでよく見るのですが、大学病院などでの治験を「これって人体実験じゃないか」と怒っているひとがよくいるのですが、
もちろん「治験」というくらいなので、人体実験なのは当然。
そして、新しく有効な治療を確立するために、治験は避けて通れないものであることも当然です。
病気の治療というものは、少なからず、そのリスクを負っているものです。
さらに、確立された治療であっても、確実に安全な治療と言うのも存在しないわけです。副作用のまったくない治療というのは、まったく効果のない治療と同義なわけで。

少し話が一般化してしまいますが、最近特に感じるのが、「科学に馴染がないと思っている人に限って無意識に科学万能主義」である、ということです。
研究者や技術者など、普段から科学(特に自然科学)に携わっているひとは、「ああ、人間は自然には所詮太刀打できないんだな」という思いを持つ人が多いと思います。
宇宙、地球、災害、人体、何にしても、「これでわかった」と思ったとたんに、その奥にさらなる未開の地が見えてしまいます。
この世の中はわからないことだらけですし、わからないままに、経験的に生活の中に、科学が入り込んでいます。

100%確実な地震予知や、100%確実な地震対策というのは、個人的意見ですが不可能ですし、大金をかけてそれを目指すことはあまり得策とは思えません。
(人命や他の物に損壊をあたえないとして)5万円のテレビが倒れないように、10万円の補強をする、といったことは意味がありません。

私は仕事柄(防災関係)、何ごとにもRisk v.s. Benefit(危険性と有益性)という観点で物事を考える癖がついているので、常に何かをするときに、benefitがriskを上回るかどうか、そしてそれを現実的に実行可能かどうかを考えます。
地震対策、病気対策、食の安全など、すべてに「完璧」を望むのは困難です。自分にとってのRisk, Benefitを考えて、どのように行動をするか、
そして、そのときには、その対策が「現実的に意味があるか」を見極めることが必要でしょう。

例えば、私はアメリカ産牛肉は食べません。
私にとっては、BSE感染という非常に小さい可能性(私も現状でこの可能性が非常に小さいことは理解しています)のriskが、そのおいしいお肉を食べる、というbenefitを上回っているからです。
また、健康や家計によくない、特に肝臓に癌を持っている身としては、非常にriskがおおきい、ということがわかっていながら、おちゃけを飲んでしまいます(苦笑)。これは、おいしいお酒を飲んでハッピー!、というbenefitが上回っているからです。
ま、最近は、奥さんの機嫌が悪くなる、というriskが大きいので、riskが上回ることが増えましたが。

ちなみに、今回の治験は、

Risk:evidenceがない治療で、効果が統計的にはっきりする前の段階である
強い副作用が出る可能性がある(まあ一般の抗癌剤もそうですが)
治験のため、通常よりも多い採血など、負担がおおきい
ハゲるらしい(泣)

Benefit:治療しないよりも治療した方が延命、治癒する可能性が高い
新しい治療のevidenceをつくることに貢献ができる
ひょっとしたら、通常の抗癌剤治療よりも高い効果が出るかもしれない
新しいことなので、何か面白そう(笑)

といったことを考えて、うけることにしました。実はそれぞれ一番最後が重要でした(笑)

あー、入院中は暇なので、ついつい長文を書いてしまいました。

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