表紙の写真が凜々しかわいいシマエナガさん。
吉永勝啓さんという写真家の作品だそうです。
ご本人のインスタグラム:
表紙の写真が凜々しかわいいシマエナガさん。
吉永勝啓さんという写真家の作品だそうです。
ご本人のインスタグラム:
このところひどく忙しくて書きそびれていたけど、今年の1月17日で、あの地震から30年。
今年はちょうど、学部3年生を対象にしている耐震工学の授業の日だったので、最初の20分ほど少し時間を取って自分の経験も交えながらあのときのことを話す(と言っても、私がいたのは京都だったので地震被害に遭ったわけではないけど)。話しながら、もう、この学生さんたちにとっては歴史なんだよな、とちょっとした感慨にふける。30年って、一世代変わる時間だものね。
あれから多くの研究がされて、構造物の被害メカニズムはよくわかってきたし、その対策工法なども進んできた。観測網も格段に充実し、緊急地震速報なども実用化された。
地震が起きることは防ぎようがないけれど(自然現象だから)、それを災害にしないためにできることを一歩ずつ。
あの震災を忘れずに。
もう1月も終わりに近いですが、明けましておめでとうございます。
大晦日に締めのエントリーを書いたあと、大掃除頑張ったせいかひどく疲れているなあと思い、念のためと思って熱を測ったら38.6℃・・・
せっかく頑張って料理したのに、元日はほぼ絶食(水分のみ)で寝込み、その後も正月料理は重く感じて体が受け付けず、ずっとおかゆで過ごしていた。結局お餅が食べられるようになったのは松が明けてからでした。
年末年始の休みにやろうと思っていた仕事ができなかったどころか、仕事始めから2日休んでしまったので、その遅れを取り戻し、かつ学期末のあれやこれやを何とかこなし、とまあ忙しかったです。
このあとは元気で過ごせますように。体調管理は気をつけます。
良い年となりますように。
なぜに毎年11月・12月はこんなにぱっつんぱっつんなんだろう。この間11月になったと思ったのにもう年末。
年末休みに入ってからは普段なかなか進まない仕事をやっていたので年末らしさはなかったが、昨日・今日は気分転換兼ねて料理と大掃除。何とか年を越す前に終わりました。頑張った・・・ これから定番の、孤独のグルメ年末特番とジルベスターコンサート見ます。
今年は年明け早々能登半島地震、翌日羽田の飛行機事故と衝撃的な年明けだった。その後も能登の豪雨、世界各地の政情不安や紛争など難しいことの多かった年だったように思う。プライベートでも近しい親戚が亡くなったりしたし。穏やかな日というのはありがたいなと思う。
そんな何かと難しい年ではあったものの、無事に年末を迎えたことに感謝。
今年1年、お世話になった皆様、ありがとうございました。
月曜日の夜は22:00~Eテレグレーテルのかまどを見、そのあと100分で名著を見るというのがルーチンになっている。
いつもは100分で名著のエンドロールが流れ始めるくらいでテレビを消していたが、今週月曜日、たまたま消さずにいたら、100分で名著のあとにプリンプリン物語が始まった。うわっ、懐かしい!!
1979年頃に放送された人形劇で、当時の録画が残っていないから再放送は不可能と言われていたが、さまざまな経路からビデオを収集し、再放送にこぎ着けたとのこと。
放送当時は小学校に入ってすぐくらいだったので記憶はかなりあいまいだが、主人公のプリンプリン、友人のカセイジン、敵役のヘドロ、黄金バットちゃ~んのワット博士などは覚えている。
ところで、以前のブログで夫が「研究者同士の夫婦でも普段は難しい話をしない」ということを書いているが(過去記事)、同年代だった夫とはプリンプリン物語の話が通じ、よくネタで、「ルールールー、予感がします予感がします」とか、「♪好きな色は~赤と黒」とか、「花の!アナウンサー!」とかやっていた。難しい話どころかアホな話をよくしていたなあ。
翌日までにしないといけない仕事があったのについ見ちゃったよ。懐かしかった。
例年以上に暖かい日が続いていたところ、急に気温が下がったりしたせいか風邪を引いてしまった。日中仕事をしていたら、突然ぞくっとして、それからは鼻が詰まったり咳が出たり。早々に仕事を切り上げ帰宅し、おかゆを炊いた。
そいや、結婚前にちょっと体調崩したとき、夫が鶏ガラスープを使った中華風のおかゆを作ってくれたなあ、とふと思い出す。あれ美味しかったなあ。
あと、初めて中国に行った時、現地の油に負けたのかお腹を壊したが、少し回復してきたときにいただいた中華粥もとっても美味しかった。
そんなことを思い出しつつ、炊き上がったおかゆに梅干しとおろし生姜をのせ、ちょっと醤油を垂らしていただいた。あったかくて美味しかった。
さ、早いところ休もう。
もう、そんなになるのね。
今年はあのときと同じ曜日。そう、あのときも土曜日だった。
そんなことを考えながら、お花を買い、料理を作って1日過ごす。
塩マニアさん。11年経つよ。
今、どうしていますか?
幸せにしていて下さいね。
今日は防災の日。
最低3日過ごせるよう備蓄しましょう、電池やラジオの準備を忘れずに、避難場所を確認しましょう、家族との連絡方法を確認しましょう。
全部大事なことなんだが、何より大事なのは、
「倒壊しない家にしましょう」
住む場所が無事に残っていれば、地震が起きたあとの時間をなんとか過ごすことができる。
備蓄などと違って対策するには時間がかかるけど、だからこそ今のうちに備えてほしい。特に1981年より前に建てられた建築物。
8月8日に宮崎県でM7.1の地震が起き、その後初めて「南海トラフ地震臨時情報」が発令された。
*南海トラフ地震臨時情報については以下のページを参照。
1週間の注意期間が過ぎ、ありがたいことに何も起きず昨日注意喚起は解除された。
解除はされたが、南海トラフ地震はいつか必ず起きるので、これを機会に防災の見直しは進めたいところ。
発令がちょうど夏のかき入れ時だったこと、結果的には何も起きなかったことから今回の発令を批判する声も聞こえる。実際ダメージを受けた人たちは恨めしくもあるだろう。けれど、私は、空振りになる可能性が高くても実際にこの発令をしたことを賞賛したい。
伝え方や備え方など今回の発令で課題になった点は改善するとして、この種の情報はこれからも発信して欲しい。少しでも意識が変われば、そのときが来たとき、やはり少しでも違うだろうから。
矢面に立った気象庁と平田先生お疲れ様でした。
先日学科の女子学生と話す機会があり、こんな質問を受けた。
「女性として働いていて、苦労したことはありますか?」
「・・・ないなあ。」
しばし考えたが思いつかなかった。
就職活動では苦労した。当時リケジョなんて言葉は全くなく、募集時には特に「男子のみ」と書かれていなくても、実際に採用担当者に会うと、陰に陽に「女は要らない」という時代。結局民間企業は早々に諦め公務員試験を受け、前職の研究所に滑り込んだ、というのが就職の経緯。当時採用して下さった前職の研究所には本当に恩がある(辞めたけど・・・)。
そんな就職だったが、就職してからは女性だから、という理由での差別的待遇は被っていない。20年以上働いていて、一切なし。むしろ、どちらかというと女性であることで憶えてもらいやすく、様々な機会をいただいた、と思う。仕事をする上での苦労はもちろんあるが、性差による不利益というのは、少なくとも認識しているものはない。
結婚生活でも、夫は料理上手で、かつ非常にリベラルなので、家事は女性の役割、みたいなことは全くなかった。闘病は大変だったけれど、それを除けば、とても楽しく幸せな結婚だった。
人の縁には超恵まれた人生だなあ、と改めて思いました。ほんとありがとうございます。